
さまざまな場所で目にしたり、耳にしたりする「信用金庫」ですが、皆さんは同じ金融機関でも「銀行」と「信用金庫」の違いをご存知でしょうか。
まず銀行は、株式会社であるため、株主の利益を優先する必要があります。すなわち利益第一主義で、大企業を含めた全国の企業との取引が可能です。
一方、信用金庫は地域の繁栄を目的とした組織で、相互扶助を基本理念にうたっています。中小企業や個人が主な取引先で、地域社会の利益が最優先です。そのため信用金庫ごとに営業エリアは限定されますが、その分、地域の中でお金を循環させ、地域経済を活性化させる、いわば「地域のための金融機関」となっています。

それぞれの信用金庫の成り立ちは様々で、岩手県一関で約70年前に立ち上がった「一関信用金庫」にも成り立ちには特別な理由があります。
2025年8月、一関信用金庫の理事長に就任した三浦喜博さん。
出身は一関市の隣にある宮城県栗原市。若柳高校(現迫桜高校)を卒業後、一度は東京の大手銀行に就職をしました。
「私は3人兄弟の3番目。1番上が長男だったので、勉強も好きじゃないし、こっちにいる必要もないと思って、東京で就職したんですね。ところが、働き始めて3年が経った頃、長男が不慮の事故で亡くなってしまいました。家に残るはずだった兄がいなくなってしまったので、家族がわざわざ東京まで来まして、(宮城に帰ってこないかと)三日三晩説得されました」
そして、4年間勤めた銀行を退職し、地元に帰ってきた三浦さん。しかし、働き口が決まっていたわけではなく、しばらくは職探しの期間が続いたそうです。
「今で言うハローワークにも行きながら、仕事を探していました。そしたら、たまたま私の高校の同級生が一関信用金庫に勤めていて、その同級生から声を掛けてもらったんです。とはいえ、東京での仕事はすごく忙しかったので、『もう金融機関で働くのはいいかな』というのが、当時の正直な思いではありました」

「それに、一関という町自体、親戚もいないし、知人も少ないので、馴染みがありませんでした。それでも、さまざまなご縁が重なり、どこの馬の骨かも知らない私を採用してくださった。こんな私を温かく迎えてくださったので、地域の皆さんに恩返しをしようという気持ちで働くことを決めました」
一関信用金庫が設立されたのは1948年7月。その前年の1947年にはカスリン台風、翌48年にはアイオン台風が襲来し、一関市は2度の大規模水害に見舞われていました。戦後間もない大災害からの復興を図る目的で立ち上がったのが、一関信用金庫でした。
現在、全国に200以上の信用金庫がありますが、災害復興を目的に設立された信用金庫は3つのみ。すなわち、地元住民の方々に作っていただいた協同組織であり、地域の方々に育てていただいた金融機関といえます。
信用金庫で働き始めてからというもの、三浦さんは地域密着型の金融機関で働くことの魅力を日々実感していきました。

「東京で働いていた時は、お客様と話していても、たびたび方言や訛りが出てしまうことがありましたが、こっちに来てからは、まったく気にしなくなりましね。それと、都会で暮らす人たちは日々忙しいので、世間話をする余裕すらない。でも、こっちは標準語で喋らないといけないプレッシャーもないし、開放感がありました。勧誘した定期預金が初めて契約に結びついた時は、すごくうれしかったのを覚えています」
「東京にいた頃の仕事はどちらかというと、それぞれが自分の部署の仕事だけを責任を持って遂行するという、いわばオートメーションのような働き方でした。でも、信用金庫では、窓口業務の職員が入金をしたり、出金をしたり、税金の振り込みをしたり、いろんなことをしなければなりません。別の部署の方々とも連携しながら、さまざまな仕事を覚えていく作業はとても新鮮で楽しかったです」

地域と共に70年以上の長い年月を歩んできた一関信用金庫。
地域との縁、すなわち「地縁」は、この仕事では欠かすことのできない要素です。
「お客様はすべて地元の方々ですので、顔見知りがどんどん増えていくのも、とても面白かったですね。預金にしても、融資にしても、お客様からいただいたお悩みを解決していきながら、それぞれの夢を応援することが私たちの役割です。お客様から喜ばれた時の達成感は何ものにも代えがたいですし、当金庫の存在が地域に役に立っているんだなと実感することができます」
そんな三浦さんが大事にしているのは、「顧客本位」であり続けること。
あくまでも主役はお客様であり、信用金庫はその夢をサポートする伴走者であることを忘れません。
「お客様が100人いらっしゃれば、100通りのお悩みがあります。目の前の方が何に悩まれていて、何を最終目標とされているのかを、いかにして聞き取ることができるかが、私たちには求められます。そのためには、何度も訪問して、信頼を得るところから始めなければなりません。お金の運用の仕方を教えたり、私たちの商品をご提案したり、あるいは弁護士や司法書士につないだりして、お客様から『この人に相談してよかったな』と思っていただくことが大切なのです」
「金融機関の主役は、あくまでもお客様。私たちはサブの役回りに徹して、『手伝う』『応援する』というのが本来の仕事になります。当然、金融機関は数字が求められる仕事ではありますが、お客様とのコミュニケーション、信頼関係が構築されていないと、実績を残すことはできません。ですから、結果だけでなく、そこに至るまでの過程についても評価できる仕組みを今は整えています」

地域住民に幸せを届けるためには、まずは自分たちの幸せを追求しなければなりません。
最近は上司と若手職員の1on1ミーティングを取り入れることで、オープンな評価制度を導入。職員のモチベーションの向上にもつなげています。

「若い頃は、『1人でカバンを持って行ってこい!』なんて先輩に言われて、1日に40~50件、渉外の外回りに出向いたものです。でも、当然ながら、教えてくれる人がいないと知識は身につかないし、成長にもつながらない。特に最近は機械やシステムがどんどん導入されて、職員同士がコミュニケーションを取る機会も少なくなっているので、先輩たちの指導やサポートは欠かせません」
「若い職員のモチベーションを高めるには、預金の獲得であったり、融資の成約であったり、成功体験をどんどん積み上げていくことが必要です。先輩や上司がお客様の下に一緒に訪問しながら、現場で人材を育てていくような環境にしていきたいと思っています」
職員が生き生きと働くことのできる環境は、若手の成長にとっても大切なことです。
地主町支店兼駅前支店で働く入庫8年目の小松さんは現在、渉外係として担当エリアのお客様の下を訪問しております。

「基本は外回りで、集金業務や定例訪問などが主な仕事になります。個人のお客様から法人のお客様までを対象に、預金を預かったり、融資やローンのご相談に応じたりしています」
もともとは窓口業務を志望していたという小松さん。渉外に異動となった当初は、知識や経験も全くなく不安だらけだったそうですが、先輩方のサポートや相談しやすい職場環境のおかげで、日々充実した仕事ができていると言います。

「だいたいは1年周期で担当が入れ替わるのですが、その1年の間で、名前覚えていただけたり、個人的なご相談もいただけたりすると、『お客様と打ち解けられたかな』といった達成感を感じます」
「人とおしゃべりするのは好きなほうなので、時にはお客様と仕事とは関係ない話をすることもあります。息抜きと言ったらおかしいかもしれませんが、お客様がいつも話し掛けてくださるので、気を楽にして仕事をすることができています」

渉外の仕事もすっかり板につき、「今は逆に窓口業務ができるか不安です(笑)」と話す小松さん。職場の雰囲気も明るく、仮にしゃべるのが苦手な人でも、きっと楽しんで仕事ができるはずだと念を押します。
「金融機関はどうしても堅苦しいイメージが強いですが、そんなことはありません。最近は若くして役席に就いている職員も多いので、とてもやりがいのある仕事だと思います」

事務部副部長の千葉さんは、前職でシステムエンジニアだった経験を買われ、2007年に一関信用金庫に入庫。以降、金融システムのさまざまな業務に携わってきました。
千葉さんの役職は「事務部副部長システム課担当」。
預金・融資・為替などの勘定系システム、融資統合・渉外支援などの情報系システム、窓口端末・ATM関連・伝票読み込みなどの営業店システムの管理をはじめ、社内システムの運用・管理、また、ホームページの制作、各種プログラムの開発、サイバーセキュリティ対策など、仕事は多岐にわたります。
「それまでは都市部のシステム会社でエンジニアとして働いていましたが、私が信用金庫に入った頃は、金融機関のシステムがまだ普及していない時代でした。今ではクラウドサーバーがあってそこにアクセスする形ですが、当時は専用端末で操作する、いわゆるスタンドアロン形式。まずはサーバーを導入するところから始まりました」
「自分の技術と経験を生かして地域の発展に寄与できる点に魅力を感じます。金融機関として個人データの漏洩は絶対にあってはならないこと。その辺のリスクもしっかり管理しながら、システムの改善や新しいサービスの導入によって、お客様の利便性が向上する瞬間にやりがいを感じます」

これまで金融機関では対面取引が基本でしたが、最近ではインターネット決済をはじめとしたデジタル化も各機関で進んでいます。
「当金庫では、自分が『こうしたい!』と言えば、チャレンジさせてもらえる環境があります。特に最近で言えば、キャッシュレス決済が全国的に普及している中、そこに関して信用金庫はだいぶ遅れを取っておりました。お客様からも『導入してほしい』とのご要望をたくさんいただいていたので、全国信用金庫協会にも何度もお電話をして、導入を働きかけましたね」
一方で、従来のシステムに慣れ親しんだ高齢のお客様が多いのも事実。千葉さんは「バランスの見極めが重要」と前置きしつつ、さらなる業務の効率化について意欲を高めています。
「最近は先進的な取り組みを採用してもらえることも増えとても働きやすいですね。直近では、資料のペーパーレス化や、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による作業の自動化に力を入れています。今後もバランスを見極めながら、お客様にとって、より便利で安全なサービスを提供できるようにしたいです」

地方都市の高齢化や人口流出が各地で進む昨今、一関地域も例外ではありません。そんな時代だからこそ、信用金庫の存在はこれまで以上に必要不可欠になっていくことでしょう。
三浦さんは、地域の未来を見据えながら、前を向き続ける姿勢が今後も大事であると話します。
「当金庫では、仙台や東京などで開かれる『ビジネスマッチング』にも積極的に参加しています。これは大都市のさまざまな事業所が集まるイベントで、地元企業をPRすることで、新たな取引を生み出そうという試みです。最近は人口流出も進んでいますが、一関で生活してくださる皆さんに、『ここに来て良かったな』と思ってもらえるような環境を提供することも、私たちの務めです」
「信用金庫は『人として成長できる場所』です。金融機関といえども、コンピュータ系の業務を担当する部署、融資における審査を行う部署など、それぞれの適性を活かし、活躍できる場はたくさんあります。何度も言いますが、地域のお客様のお悩みを解決することが、私たち信用金庫の役目です。『一関をさらに明るい街にしたい!』という気概を持った方には、ぜひ仲間に加わっていただきたいですね」
地域に寄り添い、地域と共に進んでいく。創業当時から変わらず、一関信用金庫はこれからも伴走者として、お客様の人生をサポートしていきます。

(取材:郷内和軌)