日本酒からビール、コーラまで、地域と共に100年続く酒蔵。

世嬉の一酒造株式会社 佐藤 航さん

岩手県一関市の市街地を流れる磐井川沿いに、世嬉の一酒造はあります。

 

会社の敷地内には、江戸時代から続く酒蔵を活かした郷土料理レストランやビール工場、売店などが立ち並び、足を踏み入れた瞬間、まるでタイムスリップしたような雰囲気に包まれます。

世嬉の一酒造では、創業当時から続く日本酒づくりに限らず、地ビール、クラフトジン、クラフトコーラなど様々な商品開発を積極的に行っています。

地場の食材をつかったユニークな〈いわて蔵ビール〉は、一関産の山椒を使用したビールや、隣町である陸前高田の牡蠣を使ったオイスタースタウトなどがあり、ビールを通して岩手の良さを全国、そして世界に伝えています。

 

「震災後に会社を引き継いで、先日100周年を迎えることができました」

そう話すのは、四代目を継ぐ代表取締役社長 佐藤航(わたる)さんです。

航さんは、東京の大学を卒業後、コンサルティング会社に就職。その後、30歳の時に実家に帰り、ビール部門のブルワーとして家業を手伝うようになりました。

 

「当時は、ビールの売上が大赤字だったので、とにかくビールの品質を向上させようと必死でしたね。血気盛んで、社員や父親(3代目)とも毎日ケンカしていました(笑)」

 

時には社内でぶつかり合いながらも、これまでにない自由な発想で、ビールづくりに取り組み続けました。その努力が実を結び、東北のビールとして高い評価を受け、海外にも販路を広げていきました。

ビールの売上は順調に伸びていき、世嬉の一酒造は盛り上がりを見せてきました。

 

しかしその矢先、東日本大震災が起きたのです。

蔵の壁が崩れ、醸造設備はボロボロに。醸造が出来ない日々が続きました。

 

それでも「何かしなければ」と思った航さんは、陸前高田や気仙沼で被災地支援の活動を行います。その時の経験が、今も活きているといいます。

「被災地で活動していると、人のためになることが、自分の幸せにもつながっていることに気付いたんです。仕事っていいなぁ、人のために働くっていいなぁって」

震災を乗り越え、2012年に会社を継いだ航さん。地域に喜んでもらえる酒づくりを目指し、会社をより良くしていこうと決心しました。

 

世嬉の一酒造の企業理念は、3つあります。

 

その1つ目はお客様を幸せにすること。

 

「世嬉の一という社名は、“世の人々が嬉しくなる一番の酒をつくる”という意味を込めて、昭和初期、閑院の宮からいただいたものです。会社として何かに取り組む時は、その思いを組み入れながらやっています」

 

世嬉の一酒造では酒づくりの他にも、レストランやカフェの運営、一関の食文化である餅本膳の体験等、多岐にわたって事業を行っています。

どの事業にも共通していることは、「人々を喜ばせたい」という思い。

レストランでは、お客さんに歩み寄った、アットホームな接客を目指しています。その雰囲気がお客さんにも伝わり、スタッフとの会話を目的に来店する常連さんもいるのだそうです。

 

企業理念の2つ目は、社員が成長すること。

 

コンサルティング会社に勤務し、様々な企業の経営を見てきた航さん。お金をたくさん儲けることが果たして幸せにつながるのか、自問自答してきました。

「本当の幸せってなんだろうって思ったときに、自分の成長を実感できることなんじゃないかな、と思って」

 

そのため世嬉の一酒造では、社員の成長の場をつくるために、ビールやクラフトジンづくりを若手社員に任せています。

例えば、2020年に立ち上げたクラフトジンのブランドは、新人社員や若手社員が主体でチームを組んでいます。

「ジンをつくるのはビール工場長じゃなくて、その下の社員なんですよ。ビール部門で今から工場長を追い越そうと思っても、経験や年月の差があるので追い越せない。だったら違う所でトップになったらいいんじゃないかということで、クラフトジンを任せました」

 

若手のうちから主体的に参加することで、社員一人ひとりが成長し、より斬新なアイデアやオリジナリティーのある商品づくりが期待できます。

何より、1人ひとりが主役となってほしいと、航さんはいいます。

「それぞれの部門でそれぞれの人が、自分のポジションやリーダーになる部分をつくってほしいなって思います。僕から答えは出さず、社員に考えて行動してもらっています」

 

ここ数年で、社員に現場を任せられるようになった一方で、全て現場にまかせるというわけではなく、現場を見る視点も大切にしています。

「あの部門が大変だなって思ったところは、僕も現場に入るようにしていて。僕ね、現場主義なんですよ。一応、この会社のどの部門にも入れます。会社が忙しくなってきたら、ヘルプ要員として“社長”って書かれるし(笑)」

社員同士も、例えばビール部門が忙しい時は、レストラン部門のスタッフが瓶詰め作業を手伝う場面も見られます。

1人ひとりが、補い合いながら。同じ一つの会社というのが、世嬉の一酒造のスタンスです。

 

企業理念の3つ目は、地域が豊かになること。

「100年間この一関で生きているので、僕たちの活動が、地域が豊かになることの手伝いにならなきゃいけないと思っています」と航さんは話します。

 

会社の歴史を遡ると、まさに波乱万丈。

2度にわたる台風大水害、歴史ある蔵を残すための資金問題、そして東日本大震災。

会社存続の危機に何度も直面してきました。

 

それでも、100年以上会社が続いてきたのは、地域全体のために動いてきたから。水害で被災した一関の映画館に酒蔵を提供したほか、蔵を活用した博物館を設立し、地域の魅力を発信することも行ってきました。

「うちの会社が100年続いたのは、町から必要とされていたからだと思うんです。そういうところが、エッセンスとして初代から続いていたと思うので、僕らもその辺りを踏み外さないようにしようとしています」

 

100年の歴史から受け継いできたもの、変化してきたもの。

航さんは、次なる試みとして、ものづくり回帰を目指しているといいます。

 

コロナ禍になって、カフェやレストランの利用客が激減したことを受け、日本酒の自社醸造を約40年ぶりに再開。

「それまで事業が多様に広がっていたものを、いい塩梅に絞ってものづくりの会社にシフトしています。コロナを受けて、会社がまた一つ成長したように思います」

時には向かい風に打たれながらも、一歩一歩歩み続けた百余年。

 

人との繋がりや縁に助けられた恩を、次の百年につないでいけるように。

 

「今後も自由な発想をもって、社員1人ひとりが主役となれる場をつくりたいです。子供や孫たちの代にとっても良いものづくりを、地域に根ざしてやっていきたいですね」
 

創業からぶれない、人々に喜ばれる酒づくり。「人に喜んでもらいたい」という純粋な思いこそ、長く続けていける秘訣なのだと感じました。

 

名称 世嬉の一酒造株式会社
住所 〒021-0885 岩手県一関市田村町5-42
電話番号 0191-21-1144
営業時間 酒の直売所せきの市/9:00〜18:00
WEBサイト https://sekinoichi.co.jp/
Instagram https://www.instagram.com/sekinoichiiwatekurabeer/